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![]() ポー君は、ポルトガルのいろいろなところを見てきたよ。・・・すごいなあ・・・ ポー君は、旅の守り神なんだよ。エッヘン ・・・ほんとかな??・・・飛べないけどね・・・ |
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☆☆セリカイアとプラムとポー君☆☆エルヴァス周辺は、肥沃な土地であり、オリーブやプラムの生産でも有名である。プラムは、生のままあるいは乾燥された状態で各地に輸出されている。 エルヴァスの郷土菓子と言えば、セリカイアとプラムのシロップ漬けである。 Sericaia セリカイアは、卵の風味のフワフワとしたスポンジケーキ。 アレンテージョ地方でポピュラーなお菓子である。 セリカイアって初めて食べたよ。もっと食べたいなあ。 デブデブになるぞ〜〜〜 そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆エルヴァスのペロリーニョとポー君☆リスボンのセッテ・リオス・バスターミナルからバスで3時間程、または、エヴォラからバスで1時間半でエルヴァスに到着する。 エルヴァスは、グアディアナ川から約8km離れた丘の上にある町である。 エルヴァスは、7つの稜堡とサンタ・ルジーアとノサ・セニョーラ・ダ・グラーサと名づけられた要塞に守られている。 エルヴァスに残る後期ゴシック建築の聖堂は、ムーア人の建築の影響を受け、マヌエル1世の時代に、ポルトガル王国の領域となった。 アモレイラの水道橋と呼ばれる全長約7キロメートルの水道橋はイベリア半島最長であると同時に、エルヴァスの町に水を供給してきた。 アモレイラの水道橋の建設は15世紀に始まり、1622年に建設が完了した。 エルヴァスは、ローマ時代には、AlpesaあるいはHelvasと呼ばれ、ムーア人の時代はBalesh、スペイン統治時代は、Yelvesと呼ばれた。 アルフォンソ8世が1166年に、カスティーリャ王国の領土とした。 その後、カスティーリャとポルトガルの間で、エルヴァスをめぐり、衝突がおき、1226年にポルトガルの版図となった。 1570年、エルヴァスは、監督教会派の司教座となった。 エルヴァスは、その後も、スペインとポルトガルの間で領土争いが展開され、1658年と1711年の2回、スペインの版図となったこともある。 ナポレオン支配に対してスペインで勃発したスペイン独立戦争の際(1808年)には、ジャン=アンドシュ・ジュノーの攻撃を受けた。 ペロリーニョとは、罪人や反逆者の死体を吊るしておく塔である。 どこの町にもある中世の戒めである。 ポー君も悪いことすると吊るされるんだよ。 ポー君はいい子だもん。悪いことしないもん。 ほんとかなあ・・・??お菓子こそっと食べてるの知ってるぞ・・・ 神様は見ているんだぞ・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆焼き栗とポー君☆☆リスボンの露天市場の横のレストランに飾ってあった栗だよ。ポルトガルでも、栗はたくさん食べるんだよ。 焼き栗にして、塩をつけて食べるんだよ。 甘栗みたいに甘くないけど、おいしいよ。 人の集まる広場や公園に屋台を出しているんだよ。 ポー君、あんまり食べ過ぎるとデブデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆発見のモニュメントとポー君☆リスボンの中心部からテージョ川沿いに6kmほど西にあるのがベレン地区である。 15世紀初め、ヨーロッパの列強が争っていた時代に、 ポルトガルは敢然と未知の海へと乗り出した。 輝かしい大航海時代の幕開けである。 エンリケ王子は海洋国ポルトガルの創始者となった。 ベレン地区には大航海時代を代表する歴史的建造物が残されており、 世界遺産に登録されている。 ベレン地区にある発見のモニュメントは1969年にエンリケ航海王子の 500回忌を記念して造られた。モニュメントは、帆船をモチーフとしている。 大海へ乗り出す勇壮なカラベル船を手に先頭に立つのはエンリケ王子である。 そのあとに、天文学者、宣教師、船乗り、地理学者など、この時代に活躍した人々が続く。 ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、ザビエルなどである エレベーターで高さ52mの屋上にあがれば、4月25日橋や対岸の クリスト・レイを展望できる。モニュメント前の広場には大理石のモザイクで 世界地図と各地の発見年号が記されている。 日本が発見されたのは、ポルトガル船が豊後に漂着した1541年である。 エンリケ航海王子って世界を発見したヒーローだったんだね。 ポー君もポー航海王子になって、世界を発見するんだよ。 もう世界は、発見されていて、今さらなんにもないってか・・・ じゃあ、ビュ〜ンと飛んで宇宙に行ってみようかな。 ところで、ポー航海王子は飛べたんだっけなあ??? そのまま、宇宙のゴミになって、さまようんだよ。 もう、永遠に地球には戻ってこれないかもね・・・ ポー航海王子がポー後悔王子になるんだなあ・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆ハムがはいったパンとポー君☆☆グアルダの町を歩きまわり、だいぶんランチの時間もすぎた。レストランが見当たらないので、カフェで食べることにしたよ。 甘いパンでないものを探したら、ハムがはさんであるパンを見つけた。 大きかったので、半分にして食べてみた。 味は、いまいちだったが、お腹はいっぱいになったよ。 ポー君は、味は何でも関係ないのかな。 食べ過ぎるとデブデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆グアルダの大聖堂とポー君☆リスボンからセッテ・リオス・バスターミナルからバスで3時間ほどで、カステロ・ブランコに到着する。 カステロ・ブランコからバスで1時間程でグアルダに到着する。 列車は、グアルダまで通じているのかが確認できなかった。 ポルトガルで最も高い標高1056mの山間の町がグアルダである。 ひなびてはいるが、訪れる人を魅了する町である。 スペインとの国境からわずか37kmしか離れていない。 北東のマロファ山地と南西のエストレラ山脈に挟まれたグアルダの町を 国王サンショ1世が創設したのは1199年である。 スペインとの国境を「守る(町の名の由来)」ために設けられた 辺境の町ゆえに城壁をはじめ、堅固な防備形勢が求められた。 グアルダの空気は欧州生気候連盟によってその純度の高さを絶賛された。 空気の質にプラスの影響を与えているのが近郊のエストレーラ山脈である。 山脈の最高地点は標高1993mで、車で行くのはもちろん、 自然公園のハイキングコースをたどって、到達することもできる。 こじんまりした町の中心部には、巨大な大聖堂がそびえる。 建設が始まったのは、1390年である。 完成までおよそ150年を費やした。 大聖堂は、とても大きくてかっこいいね。 ポー君も、こんなに大きくなれるかなあ。 え〜〜〜〜 ポー君って大きくなるのかな。 ぜんぜん変わってないみたいだけどね。 デブッチョなところもね〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆チキンと大盛りポテトとポー君☆☆ポルトの泊まったホテルの横にある串焼きの店は、人気店である。牛肉の串焼きやチキンの丸ごとローストなど目の前で焼いてくれる。 チキンローストを半分ずつ2人分頼んでみた。 出てきたチキンをみてびっくりである。大盛りのポテトもどっさりとある。 やはり、半分を1人分でよかったなあ。 残りを持ち帰りにしたが、結局、食べられなかった。 毎日、こんなに食べていたら、デブデブになってしまうね。 そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ポルトのトリンダーデ教会とポー君☆リスボンからセッテ・リオス・バスターミナルからバスで3時間30分程、サンタ・アポローニア駅から特急列車で約3時間でポルトに到着する。 リスボンから北へ約300km、ポルトガル第2都市のポルトがある。 リスボンと同じようにドウロ川北岸の丘陵地に築かれた起伏の多い街である。 人口約23万人、この国の商業の中心として栄えてきた。 ポルトガルの歴史の中で、1415年にエンリケ航海王子の指揮のもと、 ポルトを出港した船が北アフリカのセウタを攻略した。 ヨーロッパの他国にさきがけ、大航海時代の先陣をきることとなった。 ドウロ川のレストラン街の対岸のヴィラ・ノヴァ・デ・ガイラには、 ワインセラーが並び、かつてワインを運んだ帆船がドウロ川に浮かんでいる。 サン・ベント駅から、グレゴリス教会に向かう途中にリベルターデ広場がある。 広い通りの奥に見えるのが、市庁舎である。 その市庁舎の後ろの北側にトリンダーデ教会がある。 メトロのトリンダーデ駅になるので、ひと駅分歩いたことになる。 クリスマスは、やっぱ教会とサンタさんだね。 ポー君は1年中、サンタの帽子をかぶっているからね。 みんなにプレゼントを配るんだよ。 え〜〜〜〜 ポー君、お金ないも〜ん。無理だもん。 大丈夫・・・ ポー君はみんなに幸せを配ってあげるんだよ。 ポー君の運がなくなってしまうってか・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆ポルトガルの和菓子?とポー君☆☆アマランテのタメガ川を見渡せるお菓子屋さんを覗いてみた。普通のカフェと違う手作りのお菓子が置いてあった。 ちょうど、テレビ局の取材が入っていたよ。 この小さなお菓子は和菓子のような感じだったよ。 甘すぎる菓子ばかりでなく、こんな上品な菓子があるんだね。 ポー君は、なんでもたくさん食べるんだけどね。 それじゃ、デブデブになってしまうね・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆アマランテのペドロ教会とポー君☆ポルトのRodonorte社のバスで約50分でアマランテに到着する。毎日、ほぼ1時間おきに運行される。 紀元前4世紀には、すでにローマ人が居住しており、 その時代の統治者の名前アマラントがこの町の名前の起源である。 また、縁結びの神ゴンザーロ聖人が祀られている教会があることでも知られ、 毎年6月初めにサン・ゴンサーロ祭が催される。 サン・ゴンサーロ教会は、1540年に建造が始まり、 ゴシック、ルネッサンス、バロック、さらにスペイン風古典様式が ところどころに見られる。 聖ゴンサーロは中央祭壇の左側の小さな部屋に祀られており、 サン・ゴンサーロ祭では良縁を求めるたくさんの 独身女性たちがお参りに訪れる。 そのゴンサーロ教会の北側に工事中のペドロ教会があった。 ペドロ教会の前の広場が工事中であった。 アマランテに着いたときは、土砂降りの雨であった。 昼過ぎには、青空になってきた。 これは、ポー君のおかげかもしれないね。 なんたって、ポー君は晴れ犬だからね。 アポーのノー天気だからだってか・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆ツナサラダとポー君☆☆ボン・ジェズスからバスに乗ってブラガにつくと雨が降ってきた。レプブリカ広場の前にあるカフェレストランに入ったんだ。 なにを食べようかなあ。 野菜不足だからサラダにしようよ。 色合いがきれいなツナサラダにゆで卵がのっていた。 ポルトガルでゆで卵がつくのは、めずらしいんだよ。 やったね。いっぱい食べたよ。 これでまた、デブデブだね・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ブラガのボン・ジェズスとポー君☆ポルトのサン・ベント駅から近郊列車で1時間程、バスでも1時間程でブラガに到着する。 本数が多いので日帰りで行きやすい場所である。 ブラガのリベルターデ通りのバス停からバスに乗ると、 20分ほどで、ボン・ジェズスに到着する。 ボン・ジェズスは、ブラガの郊外にあるキリスト教の巡礼地である。 海抜400mの丘の上に教会が建っており、頂上からは、 ジェーレス山脈、ソアージョ山脈、海岸線まで見渡せる。 バロック様式の美しい階段は、下が五感の階段、 上が三徳の階段と呼ばれている。 徳の階段にある泉は、信仰、希望、博愛を表している。 各階段ごとに泉があり、信仰深い人は、 祈りを唱えながらひざで階段を登るという。 最後の踊り場は、モーゼス広場と呼ばれ、ポルトガルの庭園建築のなかで 最も美しいもののひとつ、と称されている。 教会は、1784年から1811年にかけて建てられた新古典様式で、 ブラガが生んだ名建築家カルロス・アマランテの作である。 祈りながら、階段を登るんだってね。 ポー君も長い階段を登ったのかなあ。 ポー君は、ビュ〜ンと飛んで頂上の教会までいったんだよ。 ウソピョ〜ン・・・ケーブルカーに乗っていったんだよ。 ポー君はいつも、らくちんなんだからな。 そのうち、おいて行かれるぞ・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆バカリャウ・ア・ブラスとポー君☆☆バカリャウ・ア・ブラス Bacalhau a Bras は、干しタラと玉ねぎを炒め、千切りのフライドポテトを合わせ、 卵でとじた素朴な家庭料理である。 おいしいので、毎回どこかで食べるようにしている。 でも、意外とレストランではないことが多い。 やっと、最後のリスボンで食べることができた。 実は、ケチケチ貧乏旅だから、レストランに入れないんだよ。 最後くらいは、レストランで、晩餐なんだよ。 その割には、太って帰ってくるってか・・・ なんでも身になるんだよ〜〜〜 そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆サンタ・エングラシア教会とポー君☆首都リスボンのアルファマ地区にあるサンタ・エングラシア教会は、(Ig. de Santa Engracia) 丸いドームが印象的である。 ドームの上に登ることもできる。 1684年に着工したバロック様式の教会である。 エンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマなど、ポルトガル史上活躍した 人物を葬る、国立のバンテオン(霊廊)になっている。 「サンタ・エングラシアのようにきりがない」という言葉がある。 サンタ・エングラシア教会は、完成までに300年以上かかっているので、 なかなか終わらないことのたとえになってしまっている。 完成まで300年もかかっているんだってね。 300年ってどれくらいかなあ。 江戸幕府の時代が300年かなあ。 ポー君は、300年たったら、ゴミだろうな。 姿も形もないかもね〜〜〜 そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆コーラのレモンとポー君☆☆カステロ・ブランコの丘の上の城跡まで、登ってみた。ものすごく遠回りしてしまったので、1時間も坂道を歩いた。 城跡に近づくと、新しいホテルができていた。 見晴らしのよい丘の上に建つ高級4つ星ホテルである。 ひと休みのカフェで水分補給である。 コーラにレモンと氷のグラスがついていた。 やっぱ、ホテルのカフェは、リッチだなあ・・・ 調子にのって、ガポガポ飲んだら、デブッチョになるぞ〜〜〜 そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆宮殿庭園の彫刻とポー君☆リスボンから、バスで3時間でカステロブランコに到着する。列車でも同じくらいで到着する。 バスターミナルが鉄道の駅の横に新しくできていた。 歴代国王の像が置かれている宮殿庭園は、 フランシスコ・タヴァーレス・プロエンサ・ジュニオル博物館の 裏に広がる旧司教館付属の庭園である。 18世紀のバロック様式で、アズレージョが美しい階段を上ると 噴水のある池を中心にしてきれいに刈り込まれた 植木が幾何学模様を形作っている。 彫像があちこちに置かれている。 それぞれに、星座、季節、徳目などの名前が付けられている。 国王の足元にいるのが、ポー君なんだぞ。 そのうちに、ポー君も大きくなって、国王になるんだよ。 え〜〜〜 ほんとかなあ〜〜〜 蹴飛ばされて、どこかに飛んで行ってしまうんじゃないかい・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆色だけアイスとポー君☆☆カステロ・ブランコの宮殿庭園の向かいの広場の前に移動アイスクリーム屋さんが出ていたよ。 暇そうなおじさんがいたんだ。 アイス食べたいな・・・買ってみたよ。 見かけは、色とりどりなんだけど、味はかき氷みたいだよ。 夜店のかき氷をギュッと固めた感じなんだ。 乳脂肪分がぜんぜん入ってなさそうなダイエットアイスさ。 でぶっちょポー君には、ちょうどいいってか・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆モンサントのイザベル嬢とポー君☆リスボンから、バスで3時間でカステロブランコに到着する。そこから、バスで1時間半ほどでモンサントに到着する。 ただし、モンサント行きバスは、1日に1本か2本しかない。 モンサントは、ポルトガルの東部、スペインとの国境付近の エストレラ山脈の東にある小さな村である。 モンサントはポルトガルで最もポルトガルらしい村といわれている。 標高約758mに位置するモンサントの村。 モンサントには村のいたるところにごつごつした大きな岩がある。 なかには、200トンの重さをもつ岩もあるそうだ。 この特異な地形から昔は聖なる場所として崇められていた。 ここに住む人々はこの大きな石を利用して家を建てている。 この石は、地中のマグマが雨で冷やされ固まったものが、 後に地上に表れたものだ。 山の上にある集落は、中世の城砦の高い塔が目印となって 遠方からでも一目で分かる事から、敵から身を守る戦略地として 大きな役目を果たしたようだ。 5月にノッサ・セニョーラ・ド・カステロ祭がある。 3年前の祭りの主人公を演じたのがこのイザベル嬢である。 泊まったホテルの手伝いに来ていた女性である。 ポー君とすぐにお友達になったんだよ。 ポー君の豆日記を見て、とてもウケていたよ。 ポー君がかわいいからかなあ・・・エヘエヘ アホだからじゃないかなあ・・・やっぱりな・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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☆☆ビデオのスヌーピーとポー君☆☆12時間の飛行機の間は、ずっとビデオを見ているんだよ。寝るなんて、もったいないことしないよ。 5本はしっかりと見るかな〜〜〜 サスペンス物が好きなんだよ。 最後にスヌーピーの出てくるアニメがあったよ。 ポー君とコンビのピー君の仲間だね。 ピー君は、お留守番だけど、ポー君ひとりで、がんばるからね。 食べすぎて、お腹こわさないようにね。 そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ルフトハンザの雲海とポー君☆9回目のポルトガル撮影の旅は、セントレア(中部国際空港)から、いつものルフトハンザ航空で出かけた。 いろいろ比べて、格安のチケットは、ルフトハンザが1番だと思うからだ。 寝ないで、ビデオを5本はしっかりと見るのである。 たまには、窓からの雲海もいいものである。 ルフトハンザドイツ航空(ドイツ語: Deutsche Lufthansa AG)は、 ドイツのケルンに本拠を置くドイツ最大の航空会社。 ドイツのいわゆる「フラッグ・キャリア」とされている。 現在はドイツ国外の航空会社も多数傘下に置いている。 雲海(うんかい)とは山や航空機など高度の高い位置から見下ろしたとき、 雲を海に例える表現。 山で見られる雲海は、山間部などでの放射冷却によって 霧、層雲が広域に発生する自然現象による。 雲の海に山々が島のように浮かんでいるように見えることから雲海と呼ばれる。 かつては雲が遥かに見える果てしない海原のことを 「雲海」と呼んだことがあった。 ポー君は、8回目のポルトガルなんだよ。 えっへん!! すごいだろう。 窓から、ふわふわの雲が見えたよ。 なんで、雲が下にあるのかなあ・・・?? 孫悟空のように雲に乗って飛ぶためなのかなあ。 ポー君も雲に乗って飛べるかなあ。 デブのポー君は、落ちてどこかに行ってしまうかもね・・・ そんな〜〜〜(;一_一)
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★☆「ポルトガル&?の旅」ポー君の豆日記 ★☆ 〜もっと見たいよね〜 ★☆
☆「ちたろまん」ポー君の旅日記 ☆