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愛しのポルトガル写真集ギャラリー(ジラオン川に架かるローマ時代の橋があるタヴィラ2)
Portugal Photo Gallery --- Tavira 2

タヴィラ2 Tavira 2 5月20日午後(雨)・21日午後(晴れ)

15年ぶりにポルトガル南部のアルガルヴェ地方に行くことにした。
アルガルヴェの首都であるファーロとアントニオの中間地点であるタヴィラは歴史が古い。
ジラオン川に架かっている橋は、ローマ時代に築かれたものである。
予定でのアントニオの帰りに寄ったときは雨が降り出してきた。
カフェで1時間いたが、やみそうにないのでファーロに帰った。
翌日の午後、再度タヴィラに向かった。晴れてきてよかった。

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タヴィラ13
タヴィラ駅・タヴィラ in portugal
タヴィラ駅
タヴィラ14
タヴィラ駅のホーム・タヴィラ in portugal
タヴィラ駅のホーム
タヴィラ15
ホームと列車・タヴィラ in portugal
ホームと列車
タヴィラ16
タヴィラ駅前の銅像1・タヴィラ in portugal
タヴィラ駅前の銅像1
タヴィラ17
タヴィラ駅前の銅像2・タヴィラ in portugal
タヴィラ駅前の銅像2
タヴィラ18
駅のホームの人々・タヴィラ in portugal
駅のホームの人々
タヴィラ19
駅前のマンション・タヴィラ in portugal
駅前のマンション
タヴィラ20
赤いパラソル・タヴィラ in portugal
赤いパラソル
タヴィラ21
小学校の塀・タヴィラ in portugal
小学校の塀
タヴィラ22
新旧の壁の路地・タヴィラ in portugal
新旧の壁の路地
タヴィラ23
標識の並ぶ道・タヴィラ in portugal
標識の並ぶ道
タヴィラ24
展望台のあるホテル・タヴィラ in portugal
展望台のあるホテル
タヴィラ25
郵便販売機・タヴィラ in portugal
郵便販売機
タヴィラ26
広場の噴水・タヴィラ in portugal
広場の噴水
タヴィラ27
レプブリカ広場・タヴィラ in portugal
レプブリカ広場
タヴィラ28
カステロの門・タヴィラ in portugal
カステロの門
タヴィラ29
ミゼリコルディア教会・タヴィラ in portugal
ミゼリコルディア教会
タヴィラ30
カステロへの坂道・タヴィラ in portugal
カステロへの坂道
タヴィラ31
カステロへの坂道・タヴィラ in portugal
カステロへの坂道
タヴィラ32
ベンジャミンの花の家・タヴィラ in portugal
ベンジャミンの花の家
タヴィラ33
教会が見える路地・タヴィラ in portugal
教会が見える路地
タヴィラ34
カステロ・タヴィラ in portugal
カステロ
タヴィラ35
サンタ・マリア・ド・カステロ教会1・タヴィラ in portugal
サンタ・マリア・ド・カステロ教会1
タヴィラ36
サンタ・マリア・ド・カステロ教会2・タヴィラ in portugal
サンタ・マリア・ド・カステロ教会2
タヴィラ37
長い階段・タヴィラ in portugal
長い階段
タヴィラ38
城跡の庭園1・タヴィラ in portugal
城跡の庭園1
タヴィラ39
城跡の庭園2・タヴィラ in portugal
城跡の庭園2
タヴィラ40
城壁からの風景1・タヴィラ in portugal
城壁からの風景1
タヴィラ41
城壁からの風景2・タヴィラ in portugal
城壁からの風景2
タヴィラ42
城壁からの風景3・タヴィラ in portugal
城壁からの風景3
タヴィラ43
カステロ横のレストラン・タヴィラ in portugal
カステロ横のレストラン
タヴィラ44
振り返れば坂道・タヴィラ in portugal
振り返れば坂道
タヴィラ45
ピエダデ教会・タヴィラ in portugal
ピエダデ教会
タヴィラ46
古い水飲み場・タヴィラ in portugal
古い水飲み場
タヴィラ47
市庁舎・タヴィラ in portugal
市庁舎
タヴィラ48
人間アート・タヴィラ in portugal
人間アート
タヴィラ49
列車型バス・タヴィラ in portugal
列車型バス
タヴィラ50
ウシのサーファー・タヴィラ in portugal
ウシのサーファー
タヴィラ51
常設市場・タヴィラ in portugal
常設市場
タヴィラ52
市場の中・タヴィラ in portugal
市場の中
タヴィラ53
ジラオン川引潮・タヴィラ in portugal
ジラオン川引潮
タヴィラ54
ジラオン川満潮・タヴィラ in portugal
ジラオン川満潮
タヴィラ55
ローマ橋・タヴィラ in portugal
ローマ橋
タヴィラ56
アルマダス橋・タヴィラ in portugal
アルマダス橋
タヴィラ57
川を渡る鉄道・タヴィラ in portugal
川を渡る鉄道
タヴィラ58
鍵の誓い・タヴィラ in portugal
鍵の誓い
タヴィラ59
ジラオン川対岸・タヴィラ in portugal
ジラオン川対岸
タヴィラ60
船着き場・タヴィラ in portugal
船着き場
タヴィラ61
ツアー船・タヴィラ in portugal
ツアー船
タヴィラ62
洲・タヴィラ in portugal
タヴィラ63
砂浜・タヴィラ in portugal
砂浜
タヴィラ64
満員の乗客・タヴィラ in portugal
満員の乗客

見てね  タヴィラ2の説明  見てね

ファーロ県
ファーロ県地図

タヴィラは、大西洋に注ぐジラオン川の河口にある町である。
スペインとの国境まで17kmである。

タヴィラの町の起源は、紀元前1000年から800年ごろの銅器時代にまで遡る。
紀元前8世紀には、フェニキア人の居住が確認されている。
タヴィラは、フェニキア人のイベリア半島西部における港町の1つとして機能していた。
フェニキア人は、城壁を備えた町を建設し、少なくとも、2つの神殿と2つの埠頭がタヴィラは備わっていたとされる。

紀元前6世紀になると、何らかの紛争によってタヴィラの町は破壊されてしまった。
タヴィラの名前の由来は、フェニキア人の神であるバアルからきている。

タヴィラは、8世紀から13世紀にかけて、ムーア人の支配を受けた。
ムーア人の時代は、タヴィラは、船員や漁師にとって重要な重要な港が再興され、アルガルヴェ地方における中心として急速な経済発展を遂げた。

1242年、ポルトガル王国の手にタヴィラが陥落した。
その後、タヴィラには、多くのキリスト教徒が移住することとなった。

 ≪タヴィラ2≫の手動・自動スライドショウはこちらからどうぞ!

「ポー君の旅日記」 ☆ ジラオン川に架かるローマ時代の橋があるタヴィラ2 ☆ 〔 文・杉澤理史 〕

≪2018紀行文・6≫
    === 第2章●ファーロ起点の旅 === 〔タヴィラ〕の旅は2回目のはずが実は3回目になってしまった

          《おかげさま》

 2001年9月22日(9.11ニューヨーク同時多発テロ事件の11日後)から始まってしまった我らの〔ポルトガル撮影取材旅〕3回目は、2003年2月だった。 当時はまだフィルムの時代。この時代、プロカメラマンはコダックカラーポジフィルムを愛用していた時代だった。 しかし、デジタル化の声がどこかで囁(ささや)き始められていた時代でもあった。 そんな時代に150本の36枚撮りフジカラーネガフィルムを運び運びの撮影は、荷物も多く神経も使う旅だった。

 しかも、作品は帰国後現像に出し、フィルムに傷はないか、ピントはどうか、色は確かか、小さなべた焼きをルーペでワンカットづつ確認のチェック作業をしなければならない。 あの労苦とフィルム代、現像代、紙焼き代などの金額も大変なものだった。 それがデジタルカメラに変わり、フィルムがSDカード撮影に大変貌し、撮影業界は急変的飛躍を遂げていく。

「けいの豆日記ノート」
 デジタル1眼レフを使うようになったのは、10年前の2008年の撮影取材の旅からである。 それまでは、フィルムを使っており、荷物が多くてたいへんであった。 それ以前の2000年頃のデジタルが出だした頃は、色合いがハデハデしく平面的であり、いかにもデジタル写真であった。 それで、なかなか踏み切れなかったこともある。 その当時、SDカードも高価であり、何枚も買えなく、デジタルであっても枚数を制限されていた。

 だが、なんだかんだお世話になったカメラ屋さんが今、町の中から次々に消えて行く時代になる。 我らが写真展発表用に選出したフィルムから2Lサイズほどに紙焼きし、色調補整などして決めた基本作品を展示用サイズに伸ばした。 その大切な基本的作業で、大変お世話になった町のカメラ屋さんも、今年9月いっぱいで休業した。

 2001年12月の第1回写真展示開催から今年(2018年)12月の毎年定例の《愛しのポルトガル 山之内けい子 写真展》も、 18年間連続で『名古屋市民ギャラリー栄(今年で18回)』になり、『ギャラリー・ル・レープ』『ギャラリー・ナポリ』『三岸節子記念美術館』 『JAギャラリー大府』『京都ムツミ堂ギャラリー』『栄セントラルギャラリー(3回)』『ノリタケの森ギャラリー』にもお世話になり、 今年2018年の12月11日〜16日までの『名古屋市民ギャラリー栄』開催で、27回目の『ポルトガル写真展』。 こんにちまで続行出来ているのも、みんな皆さまのお蔭様であった。

「けいの豆日記ノート」
 このホームページは2004年からはじめたが、フィルムだと、スキャンしないとパソコンで使えなく、とても面倒な作業であった。 はじめは、コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)を使って、徐々にデジタルに慣らしていき、2008年の旅から1眼レフカメラも使うようになった。 パソコンでの取り込みがすぐにでき、ホームページ作りも少しは楽になってきた。 現在では、写真展の写真でも、デジタルかフィルムかの区別がつかなくなってきている。
 ここ数年、スマートフォンでの写真が自動的に補正されていて、驚くほどきれいに撮れるようになった。 そのうちに、1眼レフカメラもなくなってしまうのかとも思うほどの勢いである。 この先どうなるのか、時代についていけるのか、不安でもあり、楽しみでもある。

          《土砂降りのタヴィラ》

 5月21日(月)の午前中は、〔ファーロ〕の町にある城壁内のイスラム支配時代を色濃く残す石畳の模様や狭い路地沿いの旧市街地を、 隅から隅まで撮影取材し、12時55分発の列車で今日もポルトガル南端の大西洋沿い〔アルガルヴェ〕地方の中心地〔ファーロ〕から 西に50分ほどの〔タヴィラ〕の町に向かった。

 この町を知ったのは15年前(2003年)の朝、〔ファーロ〕から国境の町〔ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ〕に行く途中の車窓から、 偶然にも飛び込んで来た大きな川と川を囲む町の姿だった。 町の名前はすぐ分かった。さっき止まった駅名は〔タヴィラ〕だ。 その日の帰路、当前途中下車して、坂道を下った川沿いの中心地に向かう。 川の名前は〔ジラオン川〕であった。 川に架かっている橋はローマ時代に築かれたもので、15世紀にはすでに重要な港町だったと知る。

 実は昨日(5月20日・日曜)、国境の町〔ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオ〕の帰路、15年ぶりに〔タヴィラ〕駅に途中下車した。 しかし、〔アントニオ〕を発った時は、青空であったが50分後の〔タヴィラ〕に着くと、厚い黒雲を破って雷が鳴り出し、 鋭い閃光と同時に堰(せき)を切って大きな雨粒が降り出した。駅舎を出たところに、右手に軍袋を握りしめ左手を高く挙げた若い兵士。 対面して道向こうで右手を激しく振っているノースリーブ姿の町娘の銅像もびしょ濡れ。 駅舎前の石畳の道は、雨の水滴の跳ね返りが美しく、一瞬に増水した水量は小川のように石畳の坂道を洗い流し下って行く。

「けいの豆日記ノート」
 アントニオ駅からファーロ行きの1時半の列車に乗り、途中のタヴィラに向かうために、アントニオの商店街を後にした。 その時、通路駅のパラソルやテーブルをしまい、早々と店じまいをしてるカフェがあった。 商店街のお土産店も外の商品を店の中にしまっていた。 まだ、3時前であり、店じまいするには、早い時間である。 不思議に思っていたが、列車に乗りこむと、雨が降ってきた。 地元の人たちは、雲の移り変わりで雨が降ることがわかっていて、店じまいをしたのだと理解した。 きっと、こういう天気の変化はよくあることなのだろう。

 相棒が駅舎の切符売り場から戻る。 さき先を見据えた行動力のかたまりは『ファーロ行きの列車は2時間後。 タクシー乗り場で待てば、降り出しだから直ぐ来るって。ここで待っていてもしょうがない、行くよ』と、決断が早い。 3分もしないうちに来た。8人乗りのタクシーだった。

 雨降りのなか、大型高級タクシーは、ゴロゴロ音立てて石畳の坂道を下る。 7分ほど走ってジラオン川岸の〔レプブリカ広場〕に出て、トウリズモ(観光案内所)前で止まる。 メーターは3.9ユーロ。相棒が5ユーロ札を渡すと「オブリガード!」と若い運転手はにっこり。 釣りは相棒の手のひらには来なかった。 こんな土砂降り時に、こんな優雅なタクシーに乗るお方のチップだ、安いかもしれないと、相棒は諦めた。

 取り敢えず、トウリズモ(観光案内所)の隣にあるカフェで雨宿り。 雨がやめば町に飛び出し散策し、駅舎まで石畳の坂道を登って帰ろうと、ガラオンとサグレス生ビールでひと呼吸。 カフェの大きなガラス窓から見える広場には、人の姿は皆無だ。

 ピカッと光り、ゴロゴロと不気味に鳴り、音立てて雨脚がカフェの大きな窓硝子を撃つ。 カフェ内の雨宿(あまやど)りの旅人は、それぞれのお国訛りの悲鳴をあげる。 2杯目のガラオンを注文した相棒はキリのいいところで引揚げよう。 今度はタクシーがなかなか拾えそうにないから、列車の時間を加味して早めにお店の人に頼んだ。

 雨の中、列車出発20分前にタクシーが来た。 2時間近くの雨宿りをさせていただいたお礼もあり、勘定を払う時、お店の女性の数の〔折鶴〕5羽をガラスのケーキケースの上に並べた。 雨宿り中に色とりどりの美しい千代紙で相棒が折った鶴は、女性店員たちに歓喜の表情を残させた。

「けいの豆日記ノート」
 タヴィラに着きホームに降りてから、「タヴィラで降りずファーロまで行った方がよかったかも。」と思ったが、すでに列車は出てしまった後であった。 時刻表を見ると、次の列車まで2時間以上もあった。 駅にいてもしかたがないので、町に行ってみることにした。 天気は変わりやすいので、ひょっとしたら、晴れるかもしれないの期待もあった。 でも、雨はだんだん激しい土砂降りになり、止む気配もない。 カフェの奥のトイレ前の席を陣取って、旅日記メモを書き、折鶴の予備をたくさん作り、ひたすら時間の過ぎるのを待つのみであった。

          《その日の午後》

 〔タヴィラ〕に向かった5月21日(月)は、3回目の訪問になる。 列車料金3.2ユーロ。45分ほどで〔タヴィラ〕の空が車窓を飾る。 昨日の雷と土砂降りが嘘のような真っ青なポルトガルブルーの空だった。

 兵士と町娘には深く悲しい出逢いと別れのラブストーリーがあったに違いない。 でなければ、駅舎前にふたりの銅像は残るまい。このふたりの、この距離感は、迎えの瞬間か、別れの瞬間か。 野老は別れだと判断したが、写真家はどう思ったことだろうか。 町娘の表情に歓喜はなかった。逢いたかった嬉しさが激昂(げっこう)すれば、表情に苦渋(くじゅう)が浮かぶのか。

 それはさておき、駅舎から町の中心地を流れるジラオン川に向かって、車道と歩道が半々な石畳をゆったり下った。 〔尻ともも〕の付け根の筋肉も下る坂道のためか順調。 歩道の半分は白いパラソルとテーブルと椅子で占められ、車道はギリギリ駐車の車が一列縦隊で占領している。 この光景は、どの町に行っても、町に溶け込み同化している。 日本のように狭い路地にも[空]の文字が浮ぶ狭い駐車場もあるが、ポルトガルにはない。都会でも田舎でも、車道が駐車場だ。 ニッポンは異常なほど駐車には、厳しいお国だ。

 坂を下りてレプブリカ広場に出る前に、カステロ(城)の文字。 その狭い石段の両側の白い壁の先に、切り取ったような城壁と小さなアーチが見える。 その石段を軽やかに写真家は登って行く。アーチの先に古びた〔サンタ・マリア・ド・カステロ教会〕が見えた。 塔の先っぽに鐘楼、その下に大きな文字盤の時計。針は14時14分を差していた。

 腹が減っていた。教会の前には程々の石畳の広場があり、その石畳を割って大きな木が1本生えていた。 ベンチが2脚あり白くて低い石塀の先に〔タヴィラ〕の町の大俯瞰が見えた。 屋根瓦はオレンジ一色とは言えなかったが、眼前にはジラオン川が西から東に流れ、ローマ時代に築かれたという橋も見える。 この町は、紀元前4世紀頃ギリシャ人によって起こされ、その後ローマ人やムーア人も移住。 15世紀のポルトガル大航海時代には重要な港としても〔タヴィラ〕は活躍していた。

 広場の左手には城跡がある。写真家はちょっと見てくると城跡に向かう。 狭い範疇(はんちゅう)なので、それに観光客もそこそこいたので、20分後このベンチでと放った。 野老の役目は、れっきとした老ボディーガードマンでもあった。この18年間、無事役目を果たして来た。

「けいの豆日記ノート」
 このカステロには、前回に登った覚えがある。 横の教会が真っ白できれいになっていた。 城壁の上に登る石の階段に、以前にはなかった手すりがついていた。 ただでさえ、行きはよいよい、帰りは恐い階段である。 手すりがあってよかったと思う。 大きなジャカランダの木があった。 残念なことに花が咲いていなかった。 ポルトガルの南部は花の時期が早いのかと思っていたが、リスボンと変わらなかった。 日本の桜前線のように、南から北に行く考え方は、違っているのかもしれない。

          《ジラオン河岸を行く》

 カステロ教会近くのレストランで、15時前の遅い遅いランチといっても注文したのは、サグレス生ビール(3.2ユーロ)とイチゴアイス(1.7ユーロ)計4.9ユーロ。 日本ではあまりビールはのまないが、水の代わりに飲んでいた。 だからいつも一杯だけ。もう一杯飲みたい時もままあるが、何せお金のかかる水を飲んでいるのだから日本のようにお代わりもできない。

 レストランのテラスからの展望は、川風が心地良かった。 そのジラオン川沿いを歩く。川沿いにはレストランの竹細工のテーブルと椅子が並び、赤ワインや大ジョッキを右手に握りしめた半パン上半身裸の大男や、 でっかいブラジャー姿のあまり見たくないご婦人たちが日光浴中である。

 ポルトガルの南岸大西洋の〔アルガルヴェ〕地方は5月ともなれば太陽燦燦(さんさん)の日光浴を求める北欧やオランダなどヨーロッパ各地からの常連客が押し寄せると聞く。 ポルトガルの太陽を認めて常連客はこの地方の中心地〔ファーロ〕の空港に直接入国だ。 この地方は、ポルトガルの財力になるリゾート地帯だった。

「けいの豆日記ノート」
 トイレに行きたくて、カフェに入るのは、よくあることである。 公園のトイレは、汚いし、ドアも壊れていることが多い。 カフェであっても紙がなかったり、掃除がされていないことも多い。 カステロの公園のトイレは、やはり汚く、近くにカフェもなかったので、レストランに入ることにした。 高級そうなレストランで入り口にワインが並び、テーブルにはナイフとフォークがセットされていた。 ティータイムということもあり、客は2人しかおらず、テラス席で飲み物を頼むことにした。 ビールはカフェの2倍の値段で高かった。 アイスは町のカフェで売っているものと同じなので安かった。 トイレが目的なので、きれいなトイレに入れてよかったのであった。

 この日のこの時刻は引き潮で、水面が1m以上も低く、川の両岸に残る満潮時水面跡がくっきり黒ずんで川下に向かって伸びている。 川の水は透明で河蟹の動きも良く見える。 橋の半円も引き潮のため丸い眼鏡橋には見えない。両岸のレストランの白や赤や黄色のパラソルの下の観光客は、太陽があればご機嫌。 肌に太陽が当たれば、それで満足。 朝早く、夕焼けが遅いポルトガルを、まさに自分たちの故郷のように楽しんでいた。 日本の我らには、想像も出来なかった日常生活を、ヨーロッパの観光客はエンジョイする術を知っていた。

 50センチほどの〔ボラ〕が群れをなし、音立てて浅瀬の川を遡上する。上流には20人ほどの釣り人がバケツ一杯に釣り上げていた。 どの老人たちも子供たちも満面(まんめん)の笑みで弾けていた。

「けいの豆日記ノート」
 ファーロからタヴィラまでは列車だけでなく、バスも走っている。 バスの方が料金が少し高いが、列車と違いバスターミナルが町に近いので便利である。 タヴィラからの帰り道、列車の駅まで歩くのは大変だと思ったので、帰りはバスにしようとバスターミナルに時間の確認に寄ってみた。 本数が多くないので、時刻表だけでなく、チケット売り場での時間の確認は必要事項である。 土日だけでなく曜日によって運行時間が違うことがあるからである。 これで何度も失敗している。

          《記憶力と渡し舟》

 写真家は15年前の記憶を辿(たど)る。 かつて観光客用のタイヤがついた遊園地で走っていたガタゴト列車に乗って、両岸の川沿いや眼鏡橋の上を渡り、〔タヴィラ〕の城塞の残る古都を巡っていた乗り物があった。 その記憶をたどって写真家は川沿いを歩き回る。 しかし、野老には15年前の記憶をたどる脳味噌の若さはなかった。 写真家が楽しく撮影できる環境を作るのが野老の任務だった。 でも、今回の〔撮影取材旅〕は急に起こる〔尻ともも〕の付け根激痛のため〔完全60秒間休止時間〕の〔秘薬タイム〕が必要な旅を続けていた。

 魚市場の建物に入る。いまは市場の雰囲気はない。 市場にはテーブルや椅子が並び、この地の老人たちの憩いの場的空間になっていた。河口に向かって歩く。 10人ほどの人々が乗ったボートがオレンジの救命空気ヤッケを着た乗客がつぎつぎに足元の船着場に接岸してくる。 観光客の爺さん婆さん達の顔は笑顔で崩れそう。楽しさが伝わってきた。 切符売り場で相棒が買った乗車券は、往復で2ユーロだった。どこまで行って戻ってくるにしろ乗船代2ユーロは安すぎる。 しばらくして、250人ほど乗船していそうな大きな舟が渡船場にやって来た。

 船に乗ったが風が強く、その上チョピリ寒い。この船は海上ツーリングではなく、大西洋の海水浴場に行く「渡し船」だった。 15分ほど寒風に打たれ渡し場に着く。海水浴で渡って来た観光客が船着場で長蛇の列で待っていた。 写真家が即、吐いた。降りずに、このまま戻ろう!の指示が瞬時に飛ぶ。異存はない。40人ほどの乗客が降りた。 降りなかったのは我ら2人とフランスから来た老婦人だけ。 偶然隣り合わせで寒風を忍んだ仲間だった。

 写真家がそっと言った。 『このまま、帰りませんか。私たちは帰ります。』と。婦人は深く頷いた。 船賃往復2ユーロの意味が納得でき我らは声を出して笑った。写真家は〔折鶴〕をお元気でと言い、そっと渡す。 ご婦人は「メルシーボク」と微笑む。気品にあふれていた。

「けいの豆日記ノート」
 ファーロで乗ったサンセットツアーのように、タヴィラの大西洋の海岸をまわるツアーかと思っていたが、違っていた。 リスボンのメトロより安い料金は、下流から来た大きな観光船を見て、妥当かもしれないと思った。 座席の2倍もの人が立って乗っている。定員オーバー確実である。 4時を過ぎていたので、この時間から乗る人は少なく、左右の川沿いの景色がよく見えた。 河口の船着き場で待つ長蛇の列を見て、降りるのをやめた。 この船に乗れなかった人もたくさんいた。 その人たちは、次の船が来るまで1時間はここで待つのだろうか。

 ヨーロッパ最果ての国ポルトガル。 その南端の〔アルガルヴェ〕地方がリゾート地として脚光を浴びたのは、第二次世界大戦後の1950年以降で、 ヨーロッパ諸国の中では物価も安く、治安も良く、長期滞在しても負担が軽く済むことで人気が出たらしい。 それに、ポルトガルは第一次世界大戦には参戦したが、第二次世界大戦には参戦していない。 そのため戦火に会うこともなく、15世紀からの〔ポルトガル大航海時代〕に築き上げた貴重な建造物はもとより、 日本の4分の1しかない清々しい国家は、今やユーラシア大陸の人々の宝になっていると野老は感じている。

●漢字に(・・・)と読みをいれていますが、読者の中に小・中学性の孫娘達がいますので了承ください。(野老)●

                              *「地球の歩き方」参照*

終わりまで、ポルトガル旅日記を読んでくださり、ありがとうございます。
・・・・・・・今回分は2019年1月に掲載いたしました。・・・・・・・

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ポルト13
Porto 13
2013−17話
ポルト14
Porto 14
2013−18話
ケルース2
Queluz 2
2013−19話
リスボン14
Lisboa 14

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2012年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2012−1話
リスボン10
Lisboa 10
2012−2話
サンタレン
Santarem
2012−3話
エントロンカメント
Entroncamnto
2012−4話
トマール2
Tomar 2
2012−5話
トマール2
Tomar 3
2012−6話
コインブラ3
Coimbra 3
2012−7話
カンタニェデ&アンサー
Cantanhede & anca
2012−8話
ピオダン
Piodao
2012−9話
コインブラ4
Coimbra 4
2012−10話
ペネラ
Penela
2012−11話
アザルージャ&エヴォラモンテ
Azaruja&Evoramonte
2012−12話
エルヴァス2
Elvas 2
2012−13話
エルヴァス3&バダホス
Elvas 3 & Badajoz
2012−14話
エストテモス2
Estremoz 2
2012−15話
モンサラーシュ2
Monsaraz 2
2012−16話
エヴォラ4
Evora 4
2012−17話
エヴォラ5
Evora 5
2012−18話
リスボン10
Lisboa11 & Cacihas2
2012−19話
リスボン10
Lisboa 12
2012−20話
マフラ3&エリセイラ2
Mafra 3 & Ericeira 2

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2008年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2008−1話
リスボン5
Lisboa 5
2008−2話
カスカイス2
Cascais 2
2008−3話
エストリル2
Estoril 2
2008−4話
シントラ2
Sintra 2
2008−5話
シントラ3
Sintra 3
2008−6話
リスボン6
Lisboa 6
2008−7話
ポルタレグレ
Portalegre
2008−8話
カステロ・デ・ヴィデ
Castelo de Vide
2008−9話
ポルタレグレ2
Portalegre 2
2008−10話
ポルタレグレ3
Portalegre 3
2008−11話
ポルタレグレ4
Portalegre 4
2008−12話
マルヴァオン
Mrvao
2008−13話
リスボン7
Lisboa 7
2008−14話
リスボン8
Lisboa 8
2008−15話
クリストレイ
Cristo Rei
2008−16話
カシーリャス
Cacihas
2008−17話
ノゲイラ・アゼイタオン
Nogueira Azeitao
2008−18話
フレスカ・アゼイタオン
Fresca Azeitao
2008−19話
エヴォラ2
Evora 2
2008−20話
ベージャ
Beja
2008−21話
ベージャ2
Beja 2
2008−22話
セルバ
Serpa
2008−23話
ヴィラヴィソーザ
Vila Vicosa
2008−24話
ボルバ
Borba
2008−25話
ルドンド
Redondo
2008−26話
エヴォラ3
Evora 3
2008−27話
アライオロス2
Arraiolos 2
2008−28話
ポルト8
porto 8
2008−29話
アヴェイロ2
Aveiro 2
2008−30話
コスタ・ノヴァ
Costa Nova
2008−31話
ブラガ2
Braga 2
2008−32話
ポルト9
porto 9
2008−33話
ポルト10
porto 10
2008−34話
ポルト11
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リスボン9
Lisboa 9
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