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愛しのポルトガル写真集ギャラリー(列車型バスとモリセイロがにぎわうアヴェイロ3)
Portugal Photo Gallery --- Aveiro 3

アヴェイロ Aveiro 3 5月26日午後(晴れ)

10年前に訪れてから、なかなか行く機会がなかったアヴェイロの再訪問である。
傘のアーケードで有名になったアゲダから2時の列車に乗り、アヴェイロに着いた。
アズレージョ(装飾タイル)で有名な駅前にオレンジの列車型バスが止まっていた。
乗るつもりはなかったのだが、女性のサービス精神満載のトークのうまさに乗ることにした。
運河のモリセイロは観光客で満員状態であった。
カフェの前でライブ演奏が行われていたりした。

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アヴェイロ55
旧アヴェイロ駅1・アヴェイロ in portugal
旧アヴェイロ駅1
アヴェイロ56
旧アヴェイロ駅2・アヴェイロ in portugal
旧アヴェイロ駅2
アヴェイロ57
旧アヴェイロ駅3・アヴェイロ in portugal
旧アヴェイロ駅3
アヴェイロ58
旧アヴェイロ駅4・アヴェイロ in portugal
旧アヴェイロ駅4
アヴェイロ59
旧アヴェイロ駅前のオブジェ・アヴェイロ in portugal
旧アヴェイロ駅前のオブジェ
アヴェイロ60
特急列車・アヴェイロ in portugal
特急列車
アヴェイロ61
集合写真・アヴェイロ in portugal
集合写真
アヴェイロ62
列車型バス・アヴェイロ in portugal
列車型バス
アヴェイロ63
バスのガイド・アヴェイロ in portugal
バスのガイド
アヴェイロ64
バスツアー1・アヴェイロ in portugal
バスツアー1
アヴェイロ65
バスツアー2・アヴェイロ in portugal
バスツアー2
アヴェイロ66
バスツアー3・アヴェイロ in portugal
バスツアー3
アヴェイロ67
バスツアー4・アヴェイロ in portugal
バスツアー4
アヴェイロ68
バスツアー5・アヴェイロ in portugal
バスツアー5
アヴェイロ69
バスツアー6・アヴェイロ in portugal
バスツアー6
アヴェイロ70
アズレージョの窓・アヴェイロ in portugal
アズレージョの窓
アヴェイロ71
アズレージョの建物・アヴェイロ in portugal
アズレージョの建物
アヴェイロ72
足のオブジェ・アヴェイロ in portugal
足のオブジェ
アヴェイロ73
建設中?・アヴェイロ in portugal
建設中?
アヴェイロ74
映り込み・アヴェイロ in portugal
映り込み
アヴェイロ75
トリズモ・アヴェイロ in portugal
トリズモ
アヴェイロ76
トリズモの中・アヴェイロ in portugal
トリズモの中
アヴェイロ77
橋の上のオブジェ1・アヴェイロ in portugal
橋の上のオブジェ1
アヴェイロ78
橋の上のオブジェ2・アヴェイロ in portugal
橋の上のオブジェ2
アヴェイロ79
モリセイロ1・アヴェイロ in portugal
モリセイロ1
アヴェイロ80
モリセイロ2・アヴェイロ in portugal
モリセイロ2
アヴェイロ81
モリセイロ3・アヴェイロ in portugal
モリセイロ3
アヴェイロ82
モリセイロ4・アヴェイロ in portugal
モリセイロ4
アヴェイロ83
モリセイロ5・アヴェイロ in portugal
モリセイロ5
アヴェイロ84
モリセイロ6・アヴェイロ in portugal
モリセイロ6
アヴェイロ85
モリセイロ7・アヴェイロ in portugal
モリセイロ7
アヴェイロ86
モリセイロ8・アヴェイロ in portugal
モリセイロ8
アヴェイロ87
壁のアズレージョ・アヴェイロ in portugal
壁のアズレージョ
アヴェイロ88
カフェのパラソル・アヴェイロ in portugal
カフェのパラソル
アヴェイロ89
ヴィラ・クルス教会・アヴェイロ in portugal
ヴィラ・クルス教会
アヴェイロ90
ヴィラ・クルス教会の礼拝堂・アヴェイロ in portugal
ヴィラ・クルス教会の礼拝堂
アヴェイロ91
演奏隊1・アヴェイロ in portugal
演奏隊1
アヴェイロ92
演奏隊2・アヴェイロ in portugal
演奏隊2
アヴェイロ93
演奏隊3・アヴェイロ in portugal
演奏隊3
アヴェイロ94
演奏隊4・アヴェイロ in portugal
演奏隊4
アヴェイロ95
動画を撮る・アヴェイロ in portugal
動画を撮る
アヴェイロ96
見つめる目・アヴェイロ in portugal
見つめる目
アヴェイロ97
カフェのオブジェ・アヴェイロ in portugal
カフェのオブジェ
アヴェイロ98
家族でアイス・アヴェイロ in portugal
家族でアイス
アヴェイロ99
孫とアイス・アヴェイロ in portugal
孫とアイス
アヴェイロ100
戦争の像・アヴェイロ in portugal
戦争の像
アヴェイロ101
町角のポスト1・アヴェイロ in portugal
町角のポスト1
アヴェイロ102
町角のポスト2・アヴェイロ in portugal
町角のポスト2
アヴェイロ103
町角のポスト3・アヴェイロ in portugal
町角のポスト3
アヴェイロ104
町角のポスト4・アヴェイロ in portugal
町角のポスト4
アヴェイロ105
牛のオブジェ1・アヴェイロ in portugal
牛のオブジェ1
アヴェイロ106
牛のオブジェ2・アヴェイロ in portugal
牛のオブジェ2

見てね  アヴェイロの説明  見てね

アヴェイロ県地図
アヴェイロ県地図

ポルトからアヴェイロまで近郊列車で1時間程である。
コインブラからアヴェイロまで列車で1時間程である。
ポルトとコインブラの間にあるのがアヴェイロである。

入り組んだリア(潟)が内陸に大きく食い込んでおり、自然の良港として繁栄してきた。 現在の主な産業は漁業と牧畜である。
新潟で取れる海草が埋立地の地味を肥やしたため、酪農が盛んになったという。

その肥料用の海草を集める船をモリセイロと呼ぶ。
弓のように反り返った軸先を持ち、船体は、極彩色の絵で美しく飾られている。 毎年、この船の絵のコンテストがあるという。

ホームが6つもある新アヴェイロ駅の隣に旧アヴェイロ駅がある。
アスレージョ(装飾タイル)が美しい駅舎である。
駅舎の周りに金網で入れないようにしてあった。
修復工事をするのかもしれない。

海に近いアヴェイロでは昔から塩作りが盛んで、特に「塩の花(Flor de Sal)」はアヴェイロの特産品として知られている。
この塩の花、海水を塩田に引き、天日干しした海水の表面にできる大き目の塩の結晶を手作業で集めたものである。
粒が大きくて深い味わいの塩で有名である。
街の中にも塩田の歴史を物語るペイントや銅像などがいくつも見られる。
現在では塩作りをしているところも減ってきている。

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「ポー君の旅日記」 ☆ 列車型バスとモリセイロでにぎわうアヴェイロ3 ☆ 〔 文・杉澤理史 〕

≪2018紀行文・12≫
    === 第3章●ポルト起点の旅 === 〔アズレージョ駅舎〕三たび出会い旅だった

          《アヴェイロ駅舎とアズレージョ開眼》

 天空に舞う何千もの色鮮やかな〔雨傘〕イベントで知られるようになった町〔アゲダ〕。 5月26日(土)の午前中は、2006年からはじまった〔アンブレラ・スカイ・プロジェクト〕が、毎年の恒例行事になり7月の3週間はポルトガル各地からはもとより、 ヨーロッパの国々からもアーティスト達が参加し、小さな町〔アゲダ〕の祭りを盛り上げ、住民に溶け込み楽しんでいる過程を、住民からの証言取材ができた。

 そんな小さな町の無人駅〔アゲダ〕から13時55分、単線2輌列車に乗り40分で水郷の町〔アヴェイロ〕に着く。 10年ぶり(78歳)、〔3回目のアヴェイロ〕の訪問であった。

 〔1回目のアヴェイロ〕は、2002年1月28日(月)。 大学の町〔コインブラ〕から普通列車で北上、1時間掛けて着く。 150本もの〔コダックネガフィルム36枚撮り〕フィルム持参の〔ポルトガル撮影取材旅・2回目〕だった。 写真家の企画段取りでやって来た、荷物番・運び屋・用心棒が野老の持ち場だった。 当時62歳、野老も若かった。

 この年、ポルトガルから帰国後の8月には、取材撮影5日間のTV番組を受注していた。 春夏秋冬の山岳登山を毎年家族全員で楽しんできた小・中学生姉妹登山一家が主人公だ。 その夏、3000m級の〔薬師岳〕に自前テント持参で3泊する家族を追う、ロケハンなしの一発勝負。 取材しながら構成し演出する、何が起こるか想像もできないロケが、野老は好きだった。 当時のTV番組制作は、スタッフ3人(演出・撮影・録音)1組での現地番組ロケが民放では普通だった。 それが、野老の生活基盤になっていた。

 〔アヴェイロ〕駅プラットホームにゆっくり列車が入って行った時、野老(否、16年前は「おいら」だった)は、 急に現われた薄暗い右側の車窓風景に「えっ、何、コレ〜ッ!」と驚き感嘆する景色が滑り込んで来た。 それは、プラットホームの壁の清楚さだった。 白と青の色合い紋様の美しさに痺(しび)れた。 実は、プラットホームの壁だと思っていた絵模様は〔ポルトガル・アズレージョ〕と呼ばれる、 タイルに描いた図柄や絵柄が日本で言う草木染めの色合いに似た紺色で焼き付かれた〔装飾タイル〕模様で、アヴェイロ駅舎の外壁の一部だったのだ。

 プラットホームから駅舎を抜け広場から見た〔アヴェイロ駅舎〕は、何十何百何千何万枚ものタイルに焼き付いた〔装飾タイル〕の集合で、 一つの作品が成り立つという伝統的な手法の芸術作品だと知った。 大きくて爽やかな3階建て駅舎外観は、アヴェイロの風景を描いた白を基調に〔青と紫との和合した〕紺色のアズレージョが見事だった。

 〔ポルトガル・アズレージョ〕は、ポルトガルのどの地に行っても見ない日はなかった。 例えば、建物の入り口には番号がある。 その住所番号もアズレージョ・タイルだ。 ポルトガル各地のカテドラルや教会、修道院のなどの内壁や外壁の古典的アズレージョも素晴らしいが、 近代的アズレージョも楽しませてくれる。 首都リスボンの地下鉄のプラットホームは駅ごとに違うアズレージョが日常生活の中に溶け込んでいる。

 相棒の写真家は、リスボンの5路線ある地下鉄プラットホーム壁面アズレージョの8割方は撮っている。 1日周遊券で乗り放題。乗っては降りの繰り返しで、根気よく撮る。 リスボンの〔泥棒市〕にも、欠損(けっそん)した18世紀前の〔装飾タイル〕を求め、目を皿にして物色するマニアが多かった。 一攫千金を夢見る人はどこの国にもいる。野老もその一人かも知れない。 帰国前にまた行きたいが、スケジュールは相棒が握っている。 何はともあれ、ポルトガル各地への〔撮影取材旅〕が始まった一因は、2002年に〔アヴェイロ駅舎〕に出会ったことかも知れない。

「けいの豆日記ノート」
 2回目のポルトガル撮影取材の時にアヴェイロに初めて訪れた。 この時は、コインブラからの列車で来た。 ポルトからより、コインブラからの方が近いと思ったからだ。 地図でみると距離はちょうど真ん中くらいでどちらからでもかわらない場所である。 ポルトのサン・ベント駅からの近郊列車のほうが本数が多く、料金が安いことを後から知った。 次回からのアヴェイロ訪問はポルトからになる。

 〔2回目のアヴェイロ〕には、2008年6月22日(日)に行く。 その日、宿のフロント地元従業員の女性たちも6月の中旬なのに寒い寒いと震えた早朝、ポルトガル第2都市〔ポルト〕から大西洋に沿って南下する普通列車で1時間。 野老68歳、6年振りの〔アヴェイロ駅〕プラットホームにす〜と列車が流れ込む。 『あっ、ここは、アヴェイロ駅じゃない!』と、写真家に声をかけていた。

 それほど、6年間で丸っ切り駅全体が様変わりしていた。 かつて薄暗く小さな、ど田舎駅風情だったが、プラットホームも広がり数も増え、ホームからは流れ下る広い階段と上り下りのエスカレーターもあった。 エスカレーターで下りると広く明るい真っ白い連絡通路。切符売り場や綺麗なトイレ、軽食できるカフェもある。 イベント広場にもなる広い連絡通路を陽射しの方向に向かうと、地上に出る階段には意外と長いエスカレーター。 大きなガラス窓を通して青空と陽射しが目前に爽やかに迫ってくる。

 ガラス張りの真新しい駅舎を出ると、太陽光線が降りそそぐ石畳の駅前広場だ。 野老の眼は泳ぐ。ア?ッと息が漏れた。その右手奥にあの〔アズレージョ駅舎〕があった。 長い歳月の風雨にさらされても清楚なアズレージョで飾られた駅舎は類を見ない美しさで残っていた。

「けいの豆日記ノート」
 4年後の訪問の際には、新しい駅が隣にできていた。 年代物のアズレージョの駅では、老朽化が激しく補修工事も必要なのだろう。 新しい駅はホームが多く、エスカレターもあり便利になっていた。 アズレージョの駅が壊されずに残されていたことがうれしかった。 青空に白壁のブルーのアズレージョは、何度見ても美しい光景である。

          《オレンジの列車に乗って》

 〔3回目のアヴェイロ〕が今日だった。 愛しの〔アズレージョ駅舎〕は金網に囲まれ、なぜか哀し気である。 見物客はいなかった。写真家は『10年振りだね』と言って撮りだす。 観察眼で見ると、永年に渡る紫外線や風雨に晒(さら)されて来た。 無理もない痛手が露呈し始めている。一刻も早く修理して挙げなくては、〔アヴェイロの顔〕が泣く。

 駅舎前ロータリーに、オレンジ色の乗り物発見。写真家は目敏く見つけ駆け寄って行った。 遊園地にある3輌編成の大人版〔機関車バス列車〕。 車体と同じオレンジ衣装の茶目っ気たっぷりな女性車掌さんにキャッチされ、〔アヴェイロ一周〕5ユーロ乗車券切符2枚を買う。 ケチケチと言うか、倹約家の写真家にしては今回の撮影取材旅は切符、いや気風(きっぷ)がいい。 南端のアルガルヴェ地方の中心地〔ファーロ〕では、ラグーン(潟・がた)の先の大西洋落日夕焼け絵模様の醍醐味ツワー、 リゾート地〔ラーゴス〕では貸切モーターボートでの断崖絶壁の海岸線神秘を満喫。 その〔気風〕の良さに面食らいながらも、その景観に酔わせてもらった。

 「ミギー」「ヒダリー」と茶目っ気車掌は愛想よくアナウンスしてくれるが、それぞれの後はポルトガル語。 乗車したのは我らだけ。日本人だと知った上での「右」「左」サービスであった。 なかなかの切れ者の気風に惚れ、肝心の説明は不明だったが「左右」の景観は想像できた。 だから、野老はその気風さに許す。

 駅前ロータリーからまっすぐ南西に延びる大通りを1200mほど歩けば、20分ほどで町の中心地〔中央運河〕に行ける。 その道筋を〔機関車バス列車〕が直行したら、観光はそれで終わり。 アヴェイロ観光は、急いではならない。一握りの中心地だ。ゆっくりゆったりが基本だ。 観光小船〔モリセイロ〕に乗って、青い空の下を岸辺の家や風景が写り行く水郷運河巡りは〔ゆっくり〕楽しめる。 運河の周辺にはカフェやレストラン、小さな広場での音楽イベントも〔ゆったり〕楽しめる。

「けいの豆日記ノート」
 青空に白壁にブルーのアズレージョの駅の前にオレンジの列車型バスは、色合いがとてもよかった。 駅舎の周りには、フェンスが造られていて、近付けないようになっていた。 このフェンスも遠目で見ると、ほとんど目立たない。 駅の景観を損ねないように、目立たないフェンスにしたのだろうか。

          《モリセイロ秘話》

 「みぎ〜」「ひだり〜」のオレンジ色の〔機関車バス列車〕は、途中から乗り込んだ観光客で賑わう。 当然、ひょうきん車掌の声にも張りが出る。明るい声が海風に乗った。 今まで二たび訪れ堪能したのは、町の中心地〔中央運河〕周辺の〔カテドラル〕や〔アヴェイロ美術館〕に〔ショッピングセンター〕、 それに40分運河巡りの〔モリセイロ舟遊び〕と運河沿いをモリセイロを追い掛けての撮影巡り。 観光客の域を出ぬそのまま引っ張った〔撮影取材旅〕だった。 大きな入江や潟に囲まれた水郷の町〔アヴェイロ〕。かつては〔漁業と牧畜〕の町で栄えた歴史がある。

 1575年に大暴風雨で海への運河水路が塞がれ、腐った水がもとで疫病発生。 全てを無くし廃墟化した運河の町だったが、233年後、神風一転の1808年の大暴風雨で運河が開通。 小舟モリセイロで上流牧草地に、ポルトガルの〔働き者の女達〕が潟(がた)で採った海藻を運び込み、それが肥料となり、牧草が育ち、牧畜が復活。 それは334年前まで引き継がれてきた地元に根付いた財産である。海藻からの肥料産業も盛んになり、漁業も蘇る。 そして働きもの小舟モリセイロは、今や観光地の風雲児。 〔アヴェイロ〕のドル箱スターとして、観光客を乗せ運河を走り回る大活躍ぶりである。

「けいの豆日記ノート」
 いつもなら、乗らない観光用のバスだが、にこやかなガイドさんに魅かれて乗ることにした。 日本語の「ミギ、ヒダリ」の言葉も調べてくれて、説明するときにアナウンスしてくれた。 少しのことだが、こんな気遣いがうれしくなる。 郊外の大学なのか、研究施設なのか、大きな建物が並ぶ新しい町を走り案内してくれた。 「アヴェイロは、運河の観光用のモリセイロだけでなく、近代的な施設もたくさんありますよ。」とアピールしているようだった。

          《塩と鱈(たら)》

 〔アヴェイロ〕の町は、駅舎だけが様変わりしているのではなかった。 〔機関車バス列車〕が何度か運河の橋を渡り、広い敷地の芝生地帯に入ると近代的な洒落た研究施設の建物が幾重にも広がる。 さらにその奥にレンガ積みの学園風建物が見える。 アヴェイロ大学かも知れないと野老は察してみる。

 青く広い空の下に急に、塩田地帯が広がった。 日本の区分けされた広い田んぼのように、塩田もきれいに区分けされていた。 その塩田地帯に寄り添って、洒落た大きな工場が目を引いた。 きっと、ひょうきん車掌はその工場について口角泡を飛ばしながら説明しているに違いない。 真相は定かではないが、この地帯は〔塩田〕と〔干し鱈〕工場が両立している模様だ。 干し鱈作りが先か、塩作りが先かは別にしてだ。

 中世の時代は〔塩と鱈〕の生産で繁栄したと聞く。ポルトガルの主食は〔鱈〕であった。 1年中食べるには鱈を乾燥させ保存させなければならない。そのためには大量の塩が必要だった。 一匹一匹の鱈に充分な塩をすり込み、日陰干し乾燥させ常食用の、干し鱈〔バカリュウ〕誕生である。 〔バカリュウ〕無くして、〔焼き鰯〕同様、ポルトガル食文化は語れないと思う。

 こう言う展開になれば、どうしても話したい。 アレンテージョ地方の古都〔エヴォラ〕近郊に住む〔ドン・ガバチョ画伯〕に聞いた話。 『ポルトガルに来て、レストランに入り、何を頼んでいいか判らない時は、ひと声「バカヤロウ」って叫べば、 必ず〔バカリュウ料理〕が出てきますよ(ウッヒッ)』。

 日本でも戦後食材が乏しい頃、なぜか〔干し鱈〕料理を食べた記憶がある。 塩まみれの塩っぱい厚みがある直径60cm程の白い巨体が、干し鱈だった。 ど田舎東京世田谷は、水道もなく井戸水全盛の頃だった。 6年生(昭和26年)頃か。 干し鱈料理のポイントは、水に浸けた干し鱈の塩抜きが大切だと母に言われ、台所で水につけられた干し鱈の見張り番をさせられた。 その戻し具合の妙味で〔鱈料理〕の旨さが決まるらしい。その頃は、野良猫が多かったのだ。 干し鱈にチラチラ視線を配り、宿題をしたものだ。

 一匹の干し鱈は何種類もの料理になった記憶があるが、戻した鱈のこんがり焼いた身を割(さ)いて食べた旨さは今も忘れない。 鱈料理が何日も続くと、鱈の本当の妙味を理解できない餓鬼の〔野郎〕は飽(あ)きた。今の〔野老〕の夢は、ポルトガル・サグレス生ビールで〔鱈料理〕を毎日食べたいものだ。 103歳で亡くなった母は干し鱈料理つくりが好きだった。 近年、日本では品質の良い〔干し鱈〕が手に入り難く、母に頼まれ年に何度か知多半島の先端、師崎港の友人、干し物名人に譲ってもらったことか。

「けいの豆日記ノート」
 ポルトガルは海に面しているので、塩田がたくさん作られているという。 ポルトガル南部のファーロやタヴィラなどで、塩田を見ることができた。 このアヴェイロも、塩が有名らしい。 「塩の花」という粒の大きな塩である。 あまり塩田のそばに行くことがなく、今まで気が付かなかった。 バスツアーで塩田の横を走ってくれたおかげで、塩田を見ることができた。 でも、海に囲まれた日本では、塩田を見たことがない。 手のかかる塩田をやる人がいないのだろうな。

          《絵になる風情》

 15時30分、中心地周辺観光〔機関車バス列車〕は、30分で駅前ロータリー発着場に戻る。 出発時には乗客は我ら2人だけだったが、下車時は10人を越す観光客だった。 これから夏に向かっての観光客は間違いなく更に増える。それは、熱の入った駅舎の改修工事が物語っていた。 ロータリー広場で写真家は、アズレージョ〔アヴェイロ駅舎〕をバックに記念写真を撮る女性集団を撮影していたが、 誘いに弱い相棒はミイラとりがミイラ、その集団の中央に誘われ撮られていた。 女性たちの揃いのユニホームロゴから推測し、トランポリン競技チーム15名さまだろうと判断。 彼女たちの体格から察し、さぞかし迫力満点な競技会場になるだろうと思う。

 ポルトガルブルーの青空は散策日和だ。 駅前通りのバス停からバスに乗っても行ける〔中央運河〕だが、天気の良い時はのんびり散策がてらでも20分もかからない。 道幅も広いメインストリートの左右に建つ商店も面白い。 例えば、床屋。広いショーウインドウを飾る写真は男性の髪形。 フットボールで名高いポルトガルの超人ロナウドの髪形はいつも若者の注目の的だが、得(え)てしてポルトガルの男たちはお洒落。 高齢者の爺さん達が毎朝公園のベンチに静かに座りお喋りを楽しむ。 それも、それぞれの指定席にワイシャツにネクタイの背広姿に、お気に入りのハンチング帽である。 都会より地方の町々で展開されている日常的光景だ。 そのほとんどが、年金生活者である。日本では考えられない風習だが、なぜか絵になり憎めない。

 駅舎から歩いてきた道は中央運河の幅広な橋を渡ると欄干の隅に等身大の〔潟の海藻採り〕女性像が立ち、 その橋のたもとには色鮮やかな建物や古典的アズレージョ模様で飾られたタイル張り建物が運河の水面に映える。 その運河は幅広く、左右の岸辺には観光船〔モリセイロ〕の船着場が並び、観光客を乗せ忙(せわ)しげに張り巡る運河へ散っていく。

 その運河の一角、レストランやカフェに囲まれた小さな広場はサクソフォーンとトロンボーン、トランペットにコントラバスとドラム。 ピアノは無いがこの楽器の組み合わせを見れば、ジャズ。 若者集団の演奏で観光客は店の前に張り出した陽射し避け白テントの下で、手を叩き身を揺する。 おじさんおばさん、おじいさんおばあさん達は立ち上がり踊り出す。 如何にもと思うアメリカからの陽気な観光客だ。 その中を撮影しながら通り抜け、写真家はそのほんの先の〔カテドラル・大聖堂〕に向かう。

「けいの豆日記ノート」
 運河に浮かぶモリセイロは、アヴェイロの紹介では必ず出る場所である。 船の先に絵が描かれており、バックの建物が年代的でいい感じである。 観光用モリセイロに乗る観光客が多くて、狭い運河がモリセイロだらけの感はあるが、何枚でも撮りたくなる場所である。
 トリズモ(案内所)に行くときに、手前の広場で演奏しているグループを見た。 ちょうど、演奏が終わる所で、片づけていて残念だと思っていた。 運河とモリセイロを撮り終わり路地を入っていくと、違う広場のオープンカフェの前で、さっきのグループが演奏を始めていた。 出会うことができ、なんと、ラッキーなんでしょう。 しばらくここに居座り、見て聞いて撮り続けることになる。

          《マヌエル様式とバロック様式》

 16世紀に建てられたこじんまりした〔カテドラル(大聖堂)〕だが、なかなかの洒落者。 回収改修でこんにちの姿に留められているそうで、今後はどうなるか。 何せ、233年間目の大風雨で一変再生した歴史がある町だ。 正面ファサードは〔バロック〕様式で、入り口両端の柱は〔マヌエル〕様式、内部白壁はアズレージョであった。

 道向こうのやはり15世紀に建てられた修道院、現在〔アヴェイロ美術館〕が物凄い。 大理石のモザイクで飾られたアフォンソ5世の娘サンタ・ジョアンナ王女の石棺は〔バロック様式〕の傑作と言われている。 特に物凄いと思ったのが礼拝堂の祭壇周りの内装装飾が豪華絢爛、唖然だった。

 礼拝堂内部は、ターリャ・ドゥラーダ(金泥細工)と呼ばれる〔バロック様式〕の装飾が施されていた。 天井、壁、柱は、つる草、鳥、天使の顔などが、金箔を貼った彫刻で覆われていた。 正面の祭壇に磔(はりつけ)になったキリスト像だけが白く浮かびあがり蒼ざめて見えた。

 16世紀末、イタリアから始まった〔バロック様式〕はヨーロッパのイベリア半島に広がり、スペイン、ポルトガルを経由して植民地メキシコ、ブラジルの中南米に広がっていく。 一方、ポルトガルには独自の〔マヌエル様式〕という建築様式が生まれた。 それは、エンリケ航海王子の指揮のもと14世紀半ばから始まった〔ポルトガル大航海時代〕がある。

 その15世紀末、インド航路航路を開拓して巨額の富を蓄えた〔マヌエル一世〕の時代、後期ゴシック様式と融合して装飾過剰な〔マヌエル様式〕を産み出した歴史がある。 ポルトガルではバロックより先に派手な建築様式が誕生していたのだ。 そのため、現在、ポルトガル各地の大聖堂、教会、修道院などに両方の様式美が温存されているため、誰でも手軽に思う存分観られるのは幸せだと思う。

「けいの豆日記ノート」
 マヌエル様式はポルトガル独自の様式のようである。 ポルトガルに行き始めた頃は、ゴシック様式もルネッサンス様式もマヌエル様式もよくわかっていなかった。 世界遺産のなるような建物は、マヌエル様式であったので、すばらしい建築様式であることはわかった。 海の中の生物や植物をモチーフにしていることが多く、グネグネとした感じがおもしろいと思う。 それだけ、海とのかかわりが多かったのだと思う。

          《あの帽子を取ってください》

 1時間ほど思う存分楽しんだアヴェイロ美術館を出て、カフェに入る。 トイレタイムのためだ。生ビールと菓子で2ユーロ。 18時30分だが太陽は上空だ。1.2ユーロの生ビールは冷たく喉を鳴らした。 運河橋は賑わい、モリセイロは忙しい。アズレージョの〔アヴェイロ駅舎〕まで歩き別れを告げ、19時19分の列車で〔ポルト〕に向かう。 〔サン・ベント〕駅に着き壮大なアズレージョの駅舎壁を見回し、中央の時計盤の針20時20分を確認。

 その時、『ドン・ルイス1世橋から夕陽を見てから帰ろう』と写真家は〔撮影取材旅〕に貪欲だった。 ドウロ川に架かる高さ70m程の橋の上段には、トンネルから出てきた黄色い地下鉄が走る。 高さが半端ない。川下(かわしも)の大西洋からの吹き上がる突風気味川風は、遠慮容赦なく帽子を奪う。 奪われる観光客は、新婚花嫁さんが多い。 『お願い、あの帽子、取って! あなた』無理である。

●漢字に(・・・)と読みを容れていますが、読者の中に小・中学性の孫娘達がいますので了承ください。(野老)●

                              *「地球の歩き方」参照*

終わりまで、ポルトガル旅日記を読んでくださり、ありがとうございます。
・・・・・・・今回分は2019年7月に掲載いたしました。・・・・・・・

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2018年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2018−1話
リスボン19
Lisboa 19
2018−2話
オビドス3
Obidos 3
2018−3話
ファーロ2
Faro 2
2018−4話
アントニオ2
Vila Real de Santo Antonio 2
2018−5話
ファーロ3
Faro 3
2018−6話
タヴィラ2
Tavira 2
2018−7話
サグレス2
Sagres 2
2018−8話
ラーゴス2
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2018−9話
ポルト18
Porto 18
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ヴィアナ・カステロ2
Viana do Castelo 2
2018−11話
アゲダ
Agueda
2018−12話
アヴェイロ3
Aveiro 3
2018−13話
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ペゾ・ダ・レグア3
2018−15話
ヴィラ・レアル2
2018−16話
リスボン20
2018−17話
セトゥーバル2
2018−18話
カシーリャス3
2018−19話
カルダス・ライーニャ3
2018−20話
ペニシェ
2018−21話
シントラ4
2018−22話
シントラ5
2018−23話
リスボン21
2018−24話
リスボン22
2018−25話
リスボン23
2018−26話
リスボン24

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2016年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2016−1話
リスボン15
Lisboa 15
2016−2話
カステロブランコ2
Castelo Branco 2
2016−3話
モンサント2
Monsanto 2
2016−4話
ペーニャ・ガルシア
Penha Garcia
2016−5話
イダーニャ・ア・ヴェリア
Idanha a Velha
2016−6話
モンサント3
Monsanto 3
2016−7話
カステロ・ノーヴォ
Castelo Novo
2016−8話
カステロブランコ3
Castelo Branco 3
2016−9話
グアルダ
guarda
2016−10話
ピニエル
guarda
2016−11話
カステロ・ロドリゴ
Castelo Rodrigo
2016−12話
アルメイダ
Almeida
2016−13話
カステロ・メンド
Castelo Mendo
2016−14話
ポルト15
Porto 15
2016−15話
アマランテ2
Amarante 2
2016−16話
ポルト16
Porto 16
2016−17話
ポルト17
Porto 17
2016−18話
ブラガ3
Braga 3
2016−19話
ボンジェズス
Bom Jesus
2016−20話
ブラガ4
Braga 4
2016−21話
アザルージャ2
Azaruja 2
2016−22話
リスボン16
Lisboa 16
2016−23話
リスボン17
Lisboa 17
2016−24話
リスボン18
Lisboa 18

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2013年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2013−1話
リスボン13
Lisboa 13
2013−2話
カスカイス3
Cascais 3
2013−3話
ナザレ2
Nazare 2
2013−4話
バターリャ2
Batalha 2
2013−5話
アルコバサ2
Alcobaca 2
2013−6話
カルダス・ダ・ライーニャ2
Caldas da Rainha2
2013−7話
ナザレ3
Nazare 3
2013−8話
ポルトデモス&クレアなど
Porto de Mos & Ciria
2013−9話
コインブラ5
Coimbra 5
2013−10話
コインブラ6
Coimbra 6
2013−11話
ヴィゼウ2
Visau 2
2013−12話
ポルト12
Porto 12
2013−13話
バルセロス2
Barcelos 2
2013−14話
ギマランイス2
Gumaraes 2
2013−15話
ポンテ・デ・リマ&リンドーゾ
Ponte de Lima & Lindozo
2013−16話
ポルト13
Porto 13
2013−17話
ポルト14
Porto 14
2013−18話
ケルース2
Queluz 2
2013−19話
リスボン14
Lisboa 14

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2012年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2012−1話
リスボン10
Lisboa 10
2012−2話
サンタレン
Santarem
2012−3話
エントロンカメント
Entroncamnto
2012−4話
トマール2
Tomar 2
2012−5話
トマール2
Tomar 3
2012−6話
コインブラ3
Coimbra 3
2012−7話
カンタニェデ&アンサー
Cantanhede & anca
2012−8話
ピオダン
Piodao
2012−9話
コインブラ4
Coimbra 4
2012−10話
ペネラ
Penela
2012−11話
アザルージャ&エヴォラモンテ
Azaruja&Evoramonte
2012−12話
エルヴァス2
Elvas 2
2012−13話
エルヴァス3&バダホス
Elvas 3 & Badajoz
2012−14話
エストテモス2
Estremoz 2
2012−15話
モンサラーシュ2
Monsaraz 2
2012−16話
エヴォラ4
Evora 4
2012−17話
エヴォラ5
Evora 5
2012−18話
リスボン10
Lisboa11 & Cacihas2
2012−19話
リスボン10
Lisboa 12
2012−20話
マフラ3&エリセイラ2
Mafra 3 & Ericeira 2

 ≪ポルトガル写真集&紀行文・2008年版≫ バックナンバー&予定は、こちらからどうぞ・・・

2008−1話
リスボン5
Lisboa 5
2008−2話
カスカイス2
Cascais 2
2008−3話
エストリル2
Estoril 2
2008−4話
シントラ2
Sintra 2
2008−5話
シントラ3
Sintra 3
2008−6話
リスボン6
Lisboa 6
2008−7話
ポルタレグレ
Portalegre
2008−8話
カステロ・デ・ヴィデ
Castelo de Vide
2008−9話
ポルタレグレ2
Portalegre 2
2008−10話
ポルタレグレ3
Portalegre 3
2008−11話
ポルタレグレ4
Portalegre 4
2008−12話
マルヴァオン
Mrvao
2008−13話
リスボン7
Lisboa 7
2008−14話
リスボン8
Lisboa 8
2008−15話
クリストレイ
Cristo Rei
2008−16話
カシーリャス
Cacihas
2008−17話
ノゲイラ・アゼイタオン
Nogueira Azeitao
2008−18話
フレスカ・アゼイタオン
Fresca Azeitao
2008−19話
エヴォラ2
Evora 2
2008−20話
ベージャ
Beja
2008−21話
ベージャ2
Beja 2
2008−22話
セルバ
Serpa
2008−23話
ヴィラヴィソーザ
Vila Vicosa
2008−24話
ボルバ
Borba
2008−25話
ルドンド
Redondo
2008−26話
エヴォラ3
Evora 3
2008−27話
アライオロス2
Arraiolos 2
2008−28話
ポルト8
porto 8
2008−29話
アヴェイロ2
Aveiro 2
2008−30話
コスタ・ノヴァ
Costa Nova
2008−31話
ブラガ2
Braga 2
2008−32話
ポルト9
porto 9
2008−33話
ポルト10
porto 10
2008−34話
ポルト11
porto 11
2008−35話
リスボン9
Lisboa 9
☆ リスボンシリーズです・・・過去の写真や話も読んでくださいね。 ☆
リスボン1 ・リスボン2 ・リスボン3 ・リスボン4 ・リスボン5 ・リスボン6 ・リスボン7 ・リスボン8 ・リスボン9 ・リスボン10
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☆ ポルト Porto シリーズです ☆
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